2017年08月31日

夏の室町会議が開催されると勘違いして鎌倉に行ってきました(その1)

おはようございます
先々週、いつもの一人室町ツアーをしに鎌倉に行って来たんですが
今回は、いつにも増して朝早く出発して歩き回り
初めての場所にもいくつか訪れたので
今日はちょっとその報告でもと。


という訳で早速、鎌倉に到着… なんと朝8時ちょい過ぎ!
早い! 早過ぎて前につんのめりそう!!

さて、まず最初に駅の南に進みます。
実は今回は、一つ目の目的地が、初訪問最大メインだったりします。
好きなもの最後にとっとく派の私としては、非常に斬新なプランニングです。

いつもは鎌倉に着いたらまず真っ先に
駅の北の『鶴岡八幡宮』を目指すのですが
今日は駅の南の…
元鶴岡八幡宮『由比若宮』(ゆいのわかみや)にやって来ました!!


鎌倉、元鶴岡八幡宮『由比若宮』


ここに… ここに一度訪れたいと、ずーーっと思っていたのですよ!
なぜならここは
私の大好きたろちゃんこと、源八幡太郎義家に始まった神社だから!!

以前『Muromachi通り』「源八幡太郎義家」(2014.8.16)の冒頭の
「武家源氏の "八幡様クロニクル" 」でちょっと触れましたが
鎌倉の『由比若宮』
康平6年(1063)、奥州平定を成し遂げた源頼義・義家父子がその帰途で
源氏の氏神「八幡大菩薩」へ勝利の感謝を込めて
京都の『石清水八幡宮』を勧請して建立した、平安時代の神社です。
この八幡社が約120年後
鎌倉時代の幕開けと共に
源頼朝によって、規模を新たに『鶴岡八幡宮』として生まれ変わる訳ですが
それゆえ『由比若宮』「元八幡」とも呼ばれています。


訪れてみると、とってもこぢんまりとした神社で
(↑創建当初は、また規模も違ったのでしょうが… )
盛大荘厳な現在の『鶴岡八幡宮』とは、まるで印象が異なりますが
それでも、ここが鎌倉八幡様の始まりの場所なんだ…
と思って時の流れを仰ぎ見ると
果てしないほど大きな存在を感じます。

境内の片隅の、現在は切り株だけになってしまっている松の木に
 「源義家公 旗立の松」
という小さな看板が添えられていました。
たろちゃんが、たろちゃんが源氏の白旗掲げた松… (´;ω;`)

あふれる感慨が時空を超えてゆきます。


以前話しましたが
うちの近所にも、源義家がちょっと立ち寄った〜的な神社があって
(↑ちょっと立ち寄っただけでも、千年近く言い継がれるたろちゃん
 マジ最強☆)

で、最近は毎朝のように、そのたろちゃん神社に立ち寄っては
たろちゃんに語りかけている私ですが
(↑別に菩提寺でもお墓でもないのに、たろちゃんがいると思ってる私
 マジとんだ勘違いしてる☆)

この日の朝も
「たろちゃん、今日は『由比若宮』に行くよ。一緒に行こうよ」
と言って、たろちゃんを誘ってやって来たのでした。

たろちゃん…
始まりはいつだって、小さな一歩なんだね―――



という訳で、朝一でメインを堪能し尽くして
再び駅の方へと戻ります。

まだまだ朝9時前という、おはよう感にあふれた時間帯ですが
この後の、ノンストップ無休憩探索に備えるべく
一休み&ブランチをすることにしました。

訪れたのは…
駅のちょっと西にあるスターバックス「鎌倉御成町店」!!
先日のどうでもいい記事「Ashikaga チョコレート Shogunate」で自分で適当なこと言ったからには責任もって行かないと…じゃなくて
ここすごいんですよ、お店の作りが。
全国にいくつかある、スタバのコンセプトストアというのの一つなんですが
漫画「フクちゃん」の作者の邸宅跡地に建てられた平屋の店舗で
テラスプールまである、ってゆう!


スターバックス「鎌倉御成町店」
(↑これは、店内からガラス越しに撮った写真)



さてさて、今日はここで夏の室町会議が開かれると聞いてやって来たんですが…
あ、あれ? 誰もいない…
( ^ω^)おっ?おっ? 時間まちがえたかお??
と、店内を見渡して挙動不審に―――
…なったりはしてませんが(うそです、少しキョロりました)
まあでも
残念ながら室町好きっぽい人も南北朝っぽい人も会議っぽいものも見当たりませんでしたので
一人、脳内室町会議に浸るため
ソファー席を確保して…


スタバでブランチ


私、8月は誕生日月なので
ここでケーキを食べようと、何日も前からワクワクしておりました。
(※このお店は、普通のスタバにはないケーキがある。)

写真左が「オレンジのシブースト」です。
誕生日モードなので、好きなだけ何でも頼んじゃえと
サンドイッチももりもりにして…
(゚д゚)ウマー

ああ、流石にお腹いっぱい。
このままソファーに沈み込んでまったりうとうと…
してる場合ではありません!
まだまだこれからは長い!!

という訳で
居心地の良さに後ろ髪を引かれながらお店を後にします。

ご馳走様でした!

鎌倉御成町のスタバ
( ^ω^)おっ?おっ? 日付まちがえたかお??




さて、再び駅から仕切り直して、本日のセカンドスタートです。
まずはいつものコースで『鶴岡八幡宮』へ。

境内に入ってすぐの左右に広がる「源平池」
この時期、が元気にもっさもさしております。


これは右手の「源氏池」

鶴岡八幡宮「源氏池」


こちらは左手の「平家池」

鶴岡八幡宮「平家池」



北条政子源頼朝の必勝を祈願して造らせたと伝わる「源平池」
「源氏池」に浮かぶ三つの島は、繁栄の "産" を意味し
「平家池」四つの島は "死" を意味する…
と言われる、歴史を刻んだ池ですが―――

(いわゆる)"源平合戦" の末に訪れた源氏の時代である「鎌倉時代」
源氏平家、あるいは
三代で幻となる源氏将軍と、平氏である執権北条一族
両者の間の因縁が安からぬものであるのは
たどらねばならなかった必然の歴史だったと思いますが
しかしそれゆえ
その先に訪れた「室町」という新しい時代には
源平の関係にもまた、新しい展開が待っていたのではないか―――
いや、はっきりと言えば


源平の新しい関係を迎えるために、鎌倉が終わり室町が始まったのです。


「…のです。」っておまえ… (´・ω・`)
いきなり何ドヤっと言い切ってんだよ?あほなの?とか思われそうですが
実はこれ、かなりあなどれない論点なのですよ。
というか、他のあらゆるすべてに最優先される最重要事項だったとすらいえるのですよ

尊氏さん的には。


鎌倉幕府への反旗とか、建武政権との決裂とか
将軍家として歩み始めた足利家の新時代
初期幕府に訪れた最大の危機『観応の擾乱』……

これらの歴史的大転換もすべては、"源平" と切り離せないところにあった

尊氏さん的には。


歴史って、「時の偶然」「人の恣意」の積み重ねのように思われていて
それゆえ、事象として軽視されがちな所がありますが
否、実際は
歴史って、その根底に流れる因果「普遍」(宇宙法則、物理法則)に繋がっています。
そんな見方する人は確かに多くはないかも知れませんが
しかし、少なくとも
足利尊氏という人には、そういう世界が見えていたようです。


生み出された結果である世界の「現実」と、世界を生み出す原因である「根源」
二通りの見方をしていた、という事です。
といっても、この二つはあくまで「一つの世界の別の側面であって
例えるなら「一つの世界を別の言語で表現したもの」に過ぎません。

「建武の出家騒動」(←浄光明寺の)とか
将軍になってからの政務放棄的意味不明スタンスとか
特に『観応の擾乱』での数々の奇怪な動きとか……

「考え無し」とか「軽く見積もって病気」とか言われる尊氏の
発言、行動、発想の謎を解明し、論理的に理解するには
尊氏が見ていたこの二通りの世界を、それぞれに叙述する必要があります。

(逆に言えば、そうする事で
 尊氏が極めて理に適った人間で、かつ頭脳明晰である事が証明される!!)



例えば…
尊氏が、先読み・先回りを得意としていたのは
世界を生み出す原因である「根源」を見る能力があったから、なのです。
(普通の人は、結果である「現実」を見て動く。)

以前、本サイト『2-9』「天を読む者」で紹介した
『六韜』(りくとう)の言葉をここで再び…

 聖人は天地の動きに徴す、たれか其の紀を知らん

(聖人は、天地の動き(根源)を把握しそれに順応する
 (聖人の他は)誰もその条理を知らない。)


でも、人には見えない世界が見えてしまうと
その言動を誰も理解してくれない…ってゆう。
(でも、少なくとも尊氏は、当時から人に愛されていたよね。)




あ、ああ…また話がおかしな国に迷い込んで来た。。
こういう話をするから友達が出来ないのは分かっているのですが
でも、こういう話したい…
こういう話したいけど、友達が欲しい… (´;ω;`)





ええと、話が逸れましたが
いま仮に、"源平の関係" から鎌倉室町を見るならば…

平安までの
政治の基準が権威縁故社会階級であった貴族の時代からの進化を求めて
「鎌倉」という、全く新しい武士の時代…すなわち
この国で道理に立脚した武家政治を実現するための時代」を切り拓くため
(その理不尽な代償として)敵対し傷つけ合う事を宿命として歴史を築いた両者は
次の段階では
天下に真の泰平を根付かせるため
その因縁に安らかな結末(※)を与える事を求められた

そのために訪れたのが、「鎌倉」の終焉であり「室町」の始まりだったと。

(※…なぜなら、宿怨という強大なエネルギーは
 現状を打破し、時代を動かす原動力となる…と同時に
 常に泰平を破ろうと作用する破壊力にもなるから。)


もちろん、彼らは(少なくとも大半は)
このような時代の流れの意味を、知らずに生きていた訳ですが。


「源氏」「平氏」という二つの存在は
どちらかが勝者となり、どちらかが滅亡するという
淘汰決着の為に生まれたのではなく
相対である事に意味がある…というか
「源平」とは
相対である為に生まれて来た「陰陽」のような関係にある
のだと思います。


二つの「融和」「均衡」、互いの「肯定」「尊重」「補完」
負の因縁の昇華により、天下泰平を目指すことが
足利家の家督尊氏に課せられた使命だった―――


…という秘密を推測させてやまない史料的事実が、よく見るとちらほらわんさかしていて
( ^ω^)おっ??おっ??? …ってなってる。


平氏である日向秀政(→改名して足利秀政)を「御父」と呼び
その娘「さぬ」と婚姻したのも
この尊氏が背負う宿命がさせた行動の一つだと、私は考えているのですが…
 (; −`д−´) むむむ。
あと、『観応の擾乱』での行動にも顕著に影響してるっぽくてぬぬぬ。

(※足利さぬについては
 「足利さぬ …のこと(その1)」(2017.6.17)と
 続きの関連記事をどうぞ。)





あーさて、いよいよ話逸れ過ぎですので
重要な話ですが、不本意ながら今回はこの辺にしておきます。

何が言いたかったのかと今さらながら言いますと
尊氏さんが秘めていた(…かも知れない)想いに敬意を払い
その祈りが届くよう、私からもささやかな助力がしたくて
「源氏池」「平家池」
二つの池に行って、二つの写真を撮って、等しく並べてみようと思った訳です
二つで一つの "互いの蓮" として
室町より愛を込めて―――




さてさて、話と旅を先に進めます。

「源氏池」の方には、池の中央に『旗上弁財天社』が鎮座ましましておりまして
ここにいつも群れを成している白鳩たちが好きで
最近は、鎌倉に来るたびに立ち寄っています。

大抵は木の上にいる事が多いか、池のほとりを思い思いに歩いていたりするのですが
この日はなぜか…


『旗上弁財天社』の白鳩たち


うずくまってプルプルしてた。

近付いて写真撮ってても、一向にテンション低いままで
なぜかいつもより毛並みが悪く
イライラしたり、真顔でつっつき合ったりしているものもいたりで
軽く見積もって世紀末なただならぬ空気に
慰めの言葉ひとつ、掛けることが出来ませんでした。

何やってるんだろう…と思いつつ
もんもんとしながら『旗上弁財天社』を立ち去ろうとしたその時―――
背後で一斉に飛び立った!!

振り返った鳥居の向こうには、高い木の枝に元気に止まる白鳩たちが…
え、マジなんだったの??

ここの白鳩たちは、朝10時まではプルプルしてる
とかいう習性があるのだろうか…?




さて、不思議な鳩たちにすっかり翻弄され尽くし終わった私は
いそいそと「本宮」へ。

日曜日ですが、まだ10時を回ったくらいなので混雑も無く
楽々スムーズ参拝です。

南無八幡大菩薩!!!


『鶴岡八幡宮』


いつ見ても安定の鶴岡、そびえ立つ八幡宮!!


この後、『白旗神社』歴代源氏を偲び
境内東の鳥居から外に出て
次の目的地、これまた初訪問の源頼朝の廟所『法華堂跡』へ向かいます。

てくてく…

…と話を続けたいところですが
長くなってしまったので次回
「夏の室町会議が開催されると勘違いして鎌倉に行ってきました(その2)」
に続けることにします。


それでは最後に
元鶴岡八幡宮『由比若宮』初参拝記念!!…という事で
源八幡太郎義家の、時を越えて「ただいま八幡様」の図です。


『由比若宮』源義家


平安だろうと、平成だろうと、いつの時代でもお構いなしに
義家がいればそこに、その瞬間から、果てない未来が拓けて始まる
…そんなイメージです、源氏の英雄八幡太郎義家は。



posted by 本サイト管理人 at 08:57| Comment(0) | 観応日記(尊氏、直義)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: