2017年08月17日

『新千載和歌集』の隠し扉(その3)

おはようございます
「『新千載和歌集』の隠し扉(その2)」の続きです。


(※以下、歌の出典は…
 【「新編国歌大観」編集委員会編『新編国歌大観 第1巻 勅撰集編 歌集』
 (角川書店)1983】
 歌の意訳は私による適当です。)




それでは早速、前回の内容を踏まえつつ
『新千載和歌集』「雑歌 中」より
直義和歌と、それに続く4首をどうぞ。



貞和百首歌めされし時  左兵衛督直義
うきながら 人のためぞと 思はずは 何を世にふる なぐさめにせん

述懐歌の中に  左近中将義詮
とにかくに 世の人ごとの なげかれて 心のうちの やすきまぞなき

百首歌たてまつりし時、おなじ心を
世の中の 人のうれへの あるにこそ おろかなる身の 程はしらるれ

建武二年人人題をさぐりて千首歌つかうまつりける次によませ給うける
後醍醐院御製
身にかへて 思ふとだにも しらせばや 民の心の をさめがたさを

百首歌めされし次に  御製
猶ざりに 思ふゆゑかと 立ちかへり をさまらぬ世を 心にぞとふ



(※「左近中将義詮」は、2代目将軍足利義詮(よしあきら)(※尊氏の嫡男)
 「御製」は、北朝の当今である後光厳天皇(の詠歌)を指します。)
(※御製(ぎょせい)は元々、天皇(上皇など)の作った詩歌・文章を指す普通名詞。)



(訳)
直義
この憂いの多い世の中で、人の為だと思わなければ
何を生きていく慰めにしたらいいのか…
義詮(一首目)
世の人々の嘆かわしい諸々がとにかく思い悩まれて、心が休まる暇がない。
義詮(二首目)
世の中の人々の憂いや苦しみを思うにつけ、我が身の愚かさを思い知る。
後醍醐天皇
この命に代えてもいい、と思っている事だけでも知らせたいものだが
民の心というのは、治め難いものであることよ…
後光厳天皇
ふと立ち止まって、我が心に問い直す。
いつまでも世が治まらないのは
自分が心のどこかで、疎かに思ってしまっているせいだろうか…と。




…という訳で。
『新千載和歌集』の撰集時期と
『観応の擾乱』の、禁忌にも近い暗黒な真相を考えた時
この配列は―――
極めて深い意図を込めた、本命級の隠し扉と言えそうですが…


(※後光厳天皇は、光厳上皇の皇子で
 『観応の擾乱』勃発以前まで当今であった崇光天皇の、同母弟
 本来、天皇に即位するはずの無かった弥仁王(=後光厳天皇)ですが
 『観応の擾乱』の非常事態の中で廃位されてしまった崇光天皇のあとに
 幕府によって極めて異例な形で擁立され践祚した、北朝の天皇です。)

(↑かなり端折った説明ですみません。)

(※『観応の擾乱』における、直義の突然の失脚
 そして唐突な義詮の登場と
 人々の思惑を超えて、長引きながら悪化の一途をたどる擾乱
 その一連を背後で結ぶ、ある明確な理由
 おっとこんな時間にピンポン来たよ誰だろう級のタブー… )

(↑もっと言いたい事あるので、下の方でもう少し暴露します↓)




さて、まずこの「配列」から一番に読み取れるのは
 直義 → 義詮(2首)
 後醍醐天皇 → 後光厳天皇

この二組の和歌の並びの「対比」である事は、異論がないと思います。


これは単純に
和歌の内容の類似性と社会的地位で「相似」をなしている、という
「和歌の表面から読み取れる基本情報」から容易に想定されるものですが
(特に義詮の和歌は2首とも、直義のにめっちゃ似てる… )
ではなぜ、このような目を引く「対比」を演出したのか?
…そこに、この配列の真の意図がある訳ですが
それは―――
上で示唆した事情、いわば
 「歴史の経緯の中における、各人の立場
これを表明するためだった、…のだろうと考えられます。

…何のために?
これはまあ、尊氏のやる事ですから
一言で言えば「太平を祈るために」という事でしょう。
この配列はつまり―――
「過去に許しを請う」ためのものなのです。


(前者は、過去、その地位にあった人
 後者は、現在、その地位にある人
 そしてその歴史的変遷が、どちらも尋常ではない…。
 その歴史をどう捉えているか、過去に対する現在の立ち位置、責任…
 それらをこの配列が "強く" 示唆しているのではないかと。)




歌に☆*。.:*・゚☆(−人−。)☆゚・*。.:*☆祈る



ま、とりあえずは先に
「和歌のぱっと見情報」を整理しておきますと…

直義義詮の和歌の方は
「世の中の人々の憂い」が共通の主題となっています。
そして、幕政を担う将軍(or 実質将軍)という立場にある者として
「人々の苦しみ(の軽減)に、最も重きを置いていた」という
為政者としての心構えを、読む者に印象付ける和歌となっています。

直義和歌の方は、一見、憂いているのは直義本人ですが
 『風雅和歌集』の「しづかなる…」の和歌も考慮すれば
 直義の憂いの元は「人々の憂いが絶えない世」である
 (だから、その人々の為に政治をしよう、って言ってる)という事で
 やはりテーマは「人々の憂い」であると読めるかと思います。)



後醍醐天皇後光厳天皇の和歌(御製)の方は
「治め難い世へのもどかしさ」が共通の主題となっています。
そして天皇として「この世を我が身そのものほどに思っている」
(だからこそ、治まらぬ世に深く苦悩する)という
天子本来の姿を、感情豊かに表現した和歌となっています。

古来、この国では
天子は徳によって天下を治めるもの、つまり、徳ある天子こそが民を安んずることが出来き
逆に天下が乱れるのは、自身の修養が足りない為だという認識があり
(端的に言えば)天子「存在そのものが天下の安危に直結する」
という感覚が、社会的に共有されていた訳でして
そういった背景を考慮すると
この2首の御製は、より実感のこもった歌に感じられると思います。


さらに言うと、この2首の次には
「雑歌 中」の部立の最後の歌として…

題しらず  伏見院御製
世をすくふ 心のうちの なほざりに 民のうれへを なすぞかなしき

という、伏見院(※後光厳天皇の曽祖父)の御製が配されていて
天皇「世に対する在り方・思い」
重ねて印象付ける仕様となっています。




…以上
それぞれの和歌の共通点を整理してみましたが
「過去と現在で同じ立場(将軍 or 天皇)から同じ主題を詠った」この二組の和歌を
続けて配置する」ことで
そこに何かしらの強い主張を感じずにはいられない、特徴的な配列となっている訳です。

(※直義和歌〜伏見院御製までの一連の6首の和歌は
 「雑歌 中」の部立の最後尾に位置していて、猶さら目立って見えます。)


特に注目なのは、義詮に関して
同様の和歌2首も配するという「強調」が見られますが
これはつまり―――
この配列に込められた意図において「最も重要なのは義詮」
という意味であり
ここに配列の真意が凝集されていると言っても過言ではない… かと。



擾乱の☆*。.:*・゚☆(−人−。)☆゚・*。.:*☆帰結



…さて
ここまでは、和歌自体とその配列の表面的な基本情報、つまり
単なる事実ですので「ふーん、そうだね」で済む話ですが
この先は…
『観応の擾乱』の真相が絡む考察となる、というか
この配列の意図が、『観応の擾乱』の真相を補強するものとなる訳で
(↑『新千載和歌集』の撰集時期から考えて)
色々と問題がある話になって来る訳であります、はい。


そもそも、この二組の和歌はそれぞれ
「過去(の人)→ (の人)の順に並んでいる訳ですが
「過去に倣(なら)う」あるいは「過去を踏襲する」かのように
「過去」同じ心を詠った「今」を追随させる配列がもう
非常に気になって仕方ない訳です。

だって、この擾乱の経緯を考えれば
直義を崇敬するかの如く、類似した義詮の和歌が後に続いてるって…
え?? え??
って感じですよね。
(※『観応の擾乱』において義詮
 なぜか直義を一方的に敵視し、ものすごく嫌っていた… )


つまり…
尊氏&二条為定による今回の隠し扉は、たぶんきっととても重い―――





という訳で、長くなってしまったのと
この先は、推測交じりの実験的な考察になるだろうと予想されるので
また記事を分ける事にしまして
次回「『新千載和歌集』の隠し扉(その4)」に続きます。

情報としては今回で終わりでもいいかと思うのですが
 まあ折角なので、もう少し感想文を続けてみたいと思います。)





あ、上で「もう少し暴露する」とか言っといて忘れてました。
まあつまり『観応の擾乱』というのは―――

 義詮なんですよ!! 義詮!!

と言っても、全責任義詮にあるとまでは言わないし
そういう意味でもありませんが
「主眼を義詮に置いて、経緯を追うべき事件」である事は確かです。
では、続きは次回!



posted by 本サイト管理人 at 08:07| Comment(0) | 観応日記(尊氏、直義)
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