2017年07月21日

直義のスクープ和歌は謎(その3)

こんばんは、だいぶ間をあけてしまいましたが
「直義のスクープ和歌は謎(その2)」の続きです。

さて、ここで一旦基本に立ち戻り
当該和歌の文学的な考察をしておきたいと思います。



ではまず、詞書と和歌の再掲を…


建武の比(ころ)思ひの外の事によりてつくし(筑紫)へくだり侍りけるが
程なくかへりのぼりて侍りけるに、都に残しおきて侍りける女の
さま(様)かへ侍るよしをききてよみてつかはしける    左兵衛督直義

袖の色の かはるときけば 旅衣 たちかへりても 猶ぞ露けき



(※出典【「新編国歌大観」編集委員会編『新編国歌大観 第1巻 勅撰集編 歌集』
 (角川書店)1983】)



(だいたいの訳(仮))
建武の頃、予想外に九州へ下る事になった訳だが
程なく帰って来たところ、都に残し置いていた女の様子が変わってしまった
という知らせを聞いて、歌を詠んで遣わせた

あなたが変わってしまったと聞きました
(旅立つ時にも、別れの悲しみに涙がちになりましたが)
旅から帰った今もまた、涙に袖を濡らすことになるなんて…





さて、「袖」というのは昔から一般に「涙」と関連付けられます。
こぼれたを(和服の)で拭う、からです。
「袖を濡らす」=泣く
「袖の露」=袖にかかる涙、悲しみの涙

…などをはじめとして、様々な表現がありますが
和歌においてはやはり、恋に関する涙である事が多いです。


上記の直義の和歌では
(彼女の)「袖の色」が変わってしまった悲しみで
(直義の)「旅衣」(の袖)が「露けき」

となっています。
(※露けき…「露けし」(=露に濡れてしめっぽい、涙がちな)の連体形。)




ところでこの和歌は
以下の『古今和歌集』の歌を背景にしたように思うのですが…
(違うかな? でも少しは参考にはなると思うので紹介してみます。)

これは「離別歌」であって、恋歌っぽいけど恋歌ではないのですが


貞辰親王の家にて、藤原清生が近江介にまかりける時に
むまのはなむけしける夜によめる   紀利貞

今日別れ 明日はあふみと思へども 夜やふけぬらん 袖の露けき



藤原清生が近江に赴任となり、貞辰親王の家でその送別会を開いた夜の歌。
「あふみ」は、「近江」「逢ふ身」を掛けています。
近江は京都から1日で行ける距離なので
今日別れても、明日には(あなたは)近江に着く
(1日で逢いに行ける場所なのだから、悲しくなんてないはずなのに)
夜が更けて露がおいたためであろうか、袖がしめっぽいなあ…
で濡れている訳じゃないんだからね、そんなんじゃないんだから…(しくしく))
という意味の歌です。

(※参照【久曾神昇 全訳注『古今和歌集(二)』(講談社学術文庫)初版1982】
 詞書と和歌は、適宜ひらがなを漢字に改めてあります。)



つまり、別れは悲しいけれど、再会は嬉しいもの
という気持ちが含まれます。


なので、上記の直義和歌の解釈にも
その意味を(逆説的に)込めて
「旅立ちの別れで袖が濡れてしまうのは当然だけど、帰って来たら喜べるわーい!!
 …のはずだったのに、やっぱり袖が露けき …ってなぜ(´;ω;`)??」

という涙目感を読み取ってみました。




さて次に、「袖の色が変わる」の解釈ですが…

(※注意事項※
 以下の考察は、"和歌本体" の分析および試行錯誤、と思って下さい。
 詞書(ことばがき)を正しく考慮した場合
 かなりしなくていい無駄な考え方をしている…という事を
 この記事を大方書き終えた後に知ったのですが
 ちょっと訳あって、私の無駄な考察過程を残しておきます。(/ω\*)ハズカシイ
 詞書については、この下の方で説明します。)



これが恋の歌だった場合
(たぶん)最も一般的な解釈は
「あなたを想って涙を流し過ぎて、涙が枯れて血の涙となり
 袖の色が(くれない)に変わってしまった」

というものだと思います。
つら過ぎる恋想いの激しさを表す、比喩的な表現です。


ただ、この表現は
それほどに泣いた側が、自分の心を歌にする場合、あるいは
相手につらさを訴える場合に用いるものかなぁ…という印象があるので
今回の和歌の場合は、ちょっと当てはめ難いようです。

まあ、無理矢理考えれば…
「直義に会えない悲しみで、袖の色に変わるほどに泣いた彼女の
 心の痛みに同情して、直義も涙がちになった」
と出来ないこともないかもですが
うーん… やっぱり
「血の涙」「露けし」に温度差があり過ぎますかね、同じ涙でも。


ならば、もう少し単純に考えて
「袖」「色」も、どちらもを連想させる言葉なので
「袖の色が変わった」=「心変わりした(愛が冷めた)」
とも読めるかと思ったのですが
ただ… あまり(ってかほとんど)和歌の知識ないので
こういう用例があるのかどうか分かりません。(´・ω・`)
(一見したところ、一番シンプルで無難な解釈かな、とは思うのですが…。)




さて、それじゃあ一体何なのさ…という話になって来る訳ですが
この他に、「袖の色が変わる」といって思い付くものと言えば…
「墨染の袖」(すみぞめのそで)があります。
(※墨染(の衣)=僧衣)

実は、別のある理由からも(←次回の記事で解説します)
この和歌における「袖の色」とは、比喩的な "恋心" の問題というより
実際の「衣の色」と解すべきである事が分かります。
そうすると実は…

「袖の色が変わる」=「墨染の衣に着替える」=「出家する」

となって、女性は俗世を捨ててしまったという事になるのです。 Σ(゚Д゚;)ナント!!? 




※※※

…と、以上が私の無駄足考察過程ですが
こんな回りくどい考え方をしなくても
実は、詞書を読めば、女性が出家した事は一目瞭然でした。
というのも
先日、前回の記事に頂いたねこ様からのコメントで教わったのですが
詞書の「女のさまかへ侍る…」の「さまかふ(様変ふ)」という言葉には
(「様子(趣)を変える、姿かたちを変える」という意味と共に)
「出家する」という意味があったからです。

(私は、「さまかふ」を一語だと思っていなくて
 「さま」を、漠然とした「様子」とか「容姿」だと訳していました…orz )


なんという無知ぶり!!(´;ω;`)
本当にすみません&いつも有り難うございます m(_ _)m

そんな訳なのですが、ただ…
もしも詞書が無く、和歌だけを単独で見た場合
こんな誤解をしかねないんじゃないかな〜という事例を示しておきたくて
一応、ここに書き残してみた次第であります。

というのも、この和歌単独では
 「袖の色」の意味が実に曖昧 (とも出家ともとれる)
…という事が
どうやら、この和歌に秘められた真実の一側面らしい…
と、私が深読み観測しているからであります、はい。

※※※




さて、話を戻しますと…
つまりこの女性は
(彼女が直義の愛人だと仮定した場合の話ですが)
「直義がもう戻って来ないと悲観して、早まって出家してしてしまった」と。
京都に帰って来た直義はその事を伝え聞いて
「そ、そんな…orz」と絶望した
という訳ですが―――

しかし、しかしですよ
確かに、尊氏直義たちが京都を敗退した時には
もう、世を捨てて出家するしかない心境だったでしょうが
彼らが帰って来た時点では
世界は「これから尊氏直義の新時代が始まる!!」という
希望明るさに満ちていたと思うのですよ。
そんな乗りに乗った時代の雰囲気を考えると
若い女性が世を捨てて悲観したまま…というのは、どうにもちぐはぐな印象を受ける…。

何より、もし戦況による不本意な出家だったのだとしたら
気持ちは冷めていない可能性が高い訳で
直義も和歌を送るなら
こんな「俺たち、終わったんだね…」なんてしょぼくれた哀愁を漂わせてないで
還俗を勧めてよりを戻そうとすればいいじゃないのさ!
…とか思うんですが。

(え、それとも、そうやってかわいそぶった振りしつつ
 さりげなく「俺の気持ちはまだ冷めてないんだけど…」
 とか伝えて相手の反応見てるの? そんな作戦なの??)


…まあいいか。
そんな訳で、「出家してしまった愛人に未練を告げる歌」だと考えた場合
それはそれでやや疑問は残るのですが
詞書より(それから、次回に説明するもう一つの理由もあって)
この女性が「墨染の衣」に着替えて「出家」してしまったという事自体は
間違いない事実といえます。


従って、これを直義和歌の意訳に反映させますと…


袖の色の かはるときけば 旅衣 たちかへりても 猶ぞ露けき

(訳(完?))
あなたが出家してしまったと聞きました
(旅立つ時にも、別れの悲しみに涙がちになりましたが)
旅から帰った今もまた、涙に袖を濡らすことになるなんて…



…ひとまず、こんな感じで。





あと、一応確認しておきますと…
この和歌は、直義が愛人に向けて詠んだものではないのでは?
(ってか、直義の愛人なんていたの??)

…とは言いましたが
それは、この歌が「妄想の産物である」という意味ではなく
(↑歌というのは今も昔も
 妄想シチュエーションで詠まれる(作詞される)事が多いものですが)
当然の事ながら
詞書で具体的な背景が語られている事から
「直義が事実に基づいて詠んだ、実話の和歌である」
という点に疑いはありません。


いずれにしても私は
これが『新千載和歌集』に撰出された和歌である、という事に
それほど単純な歌ではないのではなかろうか…との予感を抱いています。



という訳で、今日は和歌の文学的な解釈を試みてみました。
なんか頼りない解説ですみません (´・ω・`)
次回「直義のスクープ和歌は謎(その4)」では再び
その謎に迫りたいと思います。



posted by 本サイト管理人 at 21:15| Comment(0) | 観応日記(尊氏、直義)
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